夢かうつつか 寝てか覚めてか

変わらない世界を嘆くかわりに彼女は走った

「好き」よりも重いことば

【注・このページは映画『図書館戦争 THE LAST MISSION』の中身に触れています。ネタバレがお嫌な方は読むことをお控えください。】










相手に「好きだ」というよりも、好意を伝える方法があるのだと、私は有川先生の作品を読んで知った。例えばこのシーン。

「世界なんて救わないで!秋庭さんが無事でいて!もう旧い世界のほうがよかったなんて言わないからっ!」

空気が激しく動いた。

「───分かれよ! 」

耐えかねたような秋庭の大声。肩が激しく掴まれた。大きな手のひらが顎を掴んで荒っぽく持ち上げる。

───息が詰まった。触れた唇が同じ温度に、
熱い。

息をしていいのかどうかも分からなくて、真奈は何かに怯えるように息を潜めた。

どうして、秋庭さんが、あたしにこんなことするの。

好きな人と初めてするキスは、こんなじゃないと思ってた。もっとロマンチックで優しくて、こんな、奪うような強引なのじゃなくて───

でも気持ちいい。

そう感じてしまうのが悪いことのようで、真奈はこらえるように体を硬くした。

まるで永遠のような一瞬。

唇がわずかに離れて、空気を一枚重ねただけの近くで怒号のような声が聞こえた。

「先に死なれたら俺がたまらねェんだよ!」

(有川浩 著 『塩の街』207ページ)

お互い、好きだとは一言も告げていない。しかし少女は、あなたが居なくなるなら世界はいらないといい、男は少女が世界から居なくなることを何より恐れる。それは、告白よりももっと重たい思いの丈だ。




「好きだ」と言わずに好意を示す。

それが今回の『図書館戦争 THE LAST MISSION』にもあって、私の涙腺は大変なこととなった。

特殊部隊の壊滅を狙って良化隊が容赦なく攻撃してくる場面。水戸の隊員は弱体化し使えないこともあって特殊部隊は8割が戦闘不能状態となっていた。そこで玄田は白旗を揚げようとするが、それにはもう一つやらなければならないことがある。敵の狙い、『図書館法規要覧』を良化隊が手を出せなくなる場所、すなわち茨城県近代美術館まで運ぶ任務だ。「頼めるか」という玄田の言葉に力強く頷く堂上。そこに郁も近道を知っているから同行させてくれと言い、二人で図書館の外、交戦規定が通用しない場所へと出ることとなる。



図書館外での発砲は禁止。

それは交戦規定に含まれた規則であるが、獲物を狙う良化隊がそんなものを守る訳がない。

市街地に出て走る堂上と郁を良化隊は容赦なく追い詰め、発砲。郁は防弾チョッキにではあるが、被弾して倒れてしまう。良化隊は倒れ込んだ郁を殴り、蹴り、郁が持っている『図書館法規要覧』をなんとか奪おうとする。そこへ良化隊を次々倒しながら追ってきた堂上が遅ればせながらも到着。郁の姿を見て、咆哮を上げながら良化隊へと突っ込んでいく。

良化隊に真っ向から向かっていく堂上は脚を撃たれるが、それでも良化隊を離しはせず、未だに被弾と蹴られたダメージから起き上がれない郁に向かって叫ぶ。


「立て、笠原ッ!」


怒号が最上級の愛の言葉になるとは。
郁が立たなければ堂上からの攻撃を交わした良化隊が郁を撃つ。それが分かっているから堂上は怒鳴るのだ。

たったこの言葉で堂上がいかに郁を想っているのか伝わってきて、私の涙腺は決壊した。この文章を打ち込んでいる今でさえ思い出して涙ぐんでいる。

その後、立ち上がった郁は再び走り出そうとするのだが、それを見かねた良化隊が発砲。盾となった堂上が被弾。郁は走ることを止め、堂上を支えながら営業時間外の書店へなだれ込む。

止血帯を必死に巻いて堂上の出血を止めようとするのだが、血はだくだくと流れ一向に止まらない。

「止まんない…なんで、やだ」

郁は泣きながらどうにか出血を止めようと必死だ。

堂上「いい、行け」

郁「ヤです。……ヤです」

堂上「頼む。…走れ」

堂上「お前は止まるな」

堂上「大丈夫、大丈夫だ。もう、俺がいなくてもお前は強い花だ」

堂上が言葉を発する度に目に涙を浮かべた郁が首を振る。その姿は見ているこちらの涙まで誘う。「強い花だ」と言った後、堂上は力尽きるかのようにそれまで保っていた姿勢を崩す。そこに郁が自らの体温を移すように口づけをし、立ち上がるのだった。


この時の「頼む」とは上官としての頼みだったのか、それとも堂上個人としての頼みか、考えると再び涙が溢れそうである。

堂上はこの作品で一言も「好きだ」なんて甘い言葉は言わない。しかし、郁を怒鳴ることで、郁の盾となることで、どれほどまでに郁が大切なのかを表している。きっと、堂上は恥ずかしいから「好きだ」と言えないのではなく、気持ちが大きすぎるから「好きだ」では足りないのではないか、などと考えてしまったほどだ。

「好きだ」と言葉にしてしまうのもいいが、簡単に言えないからこそ想いの大きさが伺える。そんな堂上と郁の関係に、心からこの作品が好きだと叫ぶことができると思った。しかし、1回目の上映は泣きすぎて記憶が曖昧になっている箇所も多々あるので2回目を観るのはいつにしようかと頭を悩ませている。